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【艦これ:魂の還る海】「加古」一等巡洋艦ながら河川の名を持ち、第六戦隊として姉妹艦とともに激戦を戦った古鷹型重巡2番艦の結末を語ろう!昔から調子こいては、古鷹に怒られていたっけなぁ…
画像出典:http://kousyou.cc/archives/13342 一等巡洋艦でありながら河川の名前を持つ艦艇。 世界に先駆けて20cm砲を搭載した巡洋艦。 それが――― 重巡洋艦「加古」 開戦当初から激戦海域で戦い、第六戦隊姉妹艦とともに海を駆けた古鷹型重巡2番艦の結末を語ろう。 昔から…
執筆 編集部
画像出典:http://kousyou.cc/archives/13342
一等巡洋艦でありながら
河川の名前を持つ艦艇。
世界に先駆けて
20cm砲を搭載した巡洋艦。
それが―――
重巡洋艦「加古」
開戦当初から
激戦海域で戦い、
第六戦隊姉妹艦とともに海を駆けた
古鷹型重巡2番艦の結末を語ろう。
昔から調子こいては、古鷹に怒られていたっけなぁ… by加古
重巡洋艦「加古」
画像出典:http://wikiwiki.jp/kancolle/?%B2%C3%B8%C5
加古は、旧日本海軍の
古鷹型重巡洋艦(古鷹型一等巡洋艦)の2番艦。
世界に先駆けて
20cm砲を採用した
巡洋艦でもある。
艦名が
一等巡洋艦でありながら
河川の名前がつけられている。(本来、帝国海軍の慣例では一等巡洋艦は山、二等巡洋艦は川の名前とされる)
画像出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/加古_(重巡洋艦)
これは計画当初は、
川内型軽巡洋艦(二等巡洋艦)して建造される予定だったためだ。
しかし、
ワシントン軍縮会議の結果、
1922年3月17日に
建造中止の通達を受けるた後、
一等巡洋艦に変更されたが
艦名のみ流用されたのだ。
就役2年後 主砲が単装砲
画像出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/加古_(重巡洋艦)
開戦当初から様々な作戦に参加した
加古は、
グアム島攻略から
MO攻略、
ミッドウェー海戦、
第一次ソロモン海戦と有名な作戦に名を残す。
画像出典:http://wikiwiki.jp/kancolle/?%B2%C3%B8%C5%B2%FE%C6%F3
その最後―――
1942年8月8日~9日、
加古が編成されている
第六戦隊(加古、青葉、衣笠、古鷹)は、
「第一次ソロモン海戦」に参戦していた。
1939-1942年 12cm単装高角砲 後方は古鷹と衣笠
画像出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/加古_(重巡洋艦)
戦闘は
夜戦もありで続き、正に激戦となった。
米重巡洋艦アストリア、ヴィンセンスと交戦してダメージを与え、
クインシー、豪重巡キャンベラの撃沈に貢献。
画像出典:http://kousyou.cc/archives/13342
この時、加古は
主砲192発、
高角砲124発、
25mm機銃149発、
魚雷10本を発射したという記録が残っている。
偵察に発進していた
水上偵察機も
未帰還だった。
そして運命の8月10日―――
第六戦隊は姉妹艦4隻のみで
ニューギニア島・カビエンに向かって航行中。
継続した
戦闘航海3日目、ここまでの戦闘で加古は
損害なしという状態ではあったものの
疲労はピーク。
午前7時、海上は
平穏、
視界40kmと良好。
第1小隊、青葉、加古と
第2小隊、衣笠、古鷹が並陣・
各艦距離800m、
速力16ノットで移動していた。
画像出典:http://www.ms-plus.com/3435
青葉の
水上偵察機1機が
前路哨戒を実施、周囲に艦影は確認されなかった。
この時、
対潜警戒運動を実施していなかった事が裏目に出るコトに・・・。
既に
米潜水艦S-44が第六戦隊を補足し、潜んでいたのだ。
それも信じられない程の距離―――
加古からの
距離700ヤード、つまり
650m。戦隊の艦艇より近い距離まで接近されていたのだ。
S-44は、
4本の魚雷を加古に向けて発射。
即時回避運動を実施しようとするが、
外二軸運転中だったために舵の効きが悪い。
7時9分~10分にかけて加古は被雷。
1発目が加古の
一番砲塔右舷へ命中し、大きく船体が傾く。
画像出典:http://ge-mu.net/news/854/24.php
そこへ
残りの魚雷が迫る。
回避は不可能。
姉妹艦たちからの支援なども
間に合うハズもない。
2発目、
3発目が命中。
それぞれ
弾薬庫、缶室付近を破壊した。
―――致命的だった。
7時15分、ほんの僅かな時間で加古の船体は
右舷へ転覆、沈没していった。
沈没地点は、
南緯02度28分 東経152度11分。
准士官以上6名・下士官兵61名・傭兵1名の
計68名が犠牲となった。
残された
姉妹艦たちは、爆雷投射後に装載艇を放出、やむをえず
カビエンへ撤退した。
生還できた
第六戦隊姉妹艦の空気は、
沈痛なものになったという。
生還した加古の乗員は、翌日に
駆逐艦卯月と舟艇3隻に便乗して
カビエンへ向かい、
六戦隊姉妹艦に収容された。
この
卯月のエピソードは、艦これの
卯月改の
胸飾りに反映されていると言われる。
画像出典:http://blog.bakattan.com/archives/1010477914.html
これは、加古の
髪飾りであり、加古が
改二になると失うモノ―――。
加古が
卯月に残した
形見というコトだろう。
大海に還った魂に敬礼―――