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給糧艦「間宮」
「間宮」は、旧日本海軍の給糧艦。
八八艦隊計画の中で能登呂型給油艦の1艦として予算が成立後、海軍からの強い要望で連合艦隊随伴用給糧艦へ変更建造された。
給糧艦とは、補給艦の一種で、主に食料を艦艇に供給することを目的とする。
設計を委託された川崎造船所によって、艦体は商船構造として設計され、同社の貨客船「はわい丸」を手直ししたもの。
当時は、世界最大の給糧艦だった。
海軍にとっては正に生命線とも言える艦艇となっていった。
日本海軍の補給の要となり、戦時中だけでなく平常時にも多大に活躍していた。
その最後―――
「間宮」は、ただの補給艦と思われがちだが、実は自営用に14cm砲を2門装備した立派な軍艦だった。
とは言え、積極的に戦える艦ではなく、常に護衛される側の存在。
数々の戦場で、間宮の来訪は歓迎され、大いに士気を向上させたという。
海軍の将兵は、誰しも間宮のお世話になっていたといっても過言ではなく、ある意味心の支えともなっていた。
戦場での食料供給というのは、それだけ重要なものだということ。
1943年10月、父島沖で米潜水艦「セロ」に雷撃を受ける。
1944年5月、東シナ海で米潜水艦「スピアフィッシュ」の雷撃を受け損害を受けるも沈むことは無かった。
やはり、兵の士気を高める給糧艦としての「間宮」という存在は、敵対国にとっては攻撃のターゲットにする理由が大きいのだ。
そして、運命の12月20日―――
間宮はサイゴンからマニラ方面へ糧食輸送に従事していた。
海南島東方の南シナ海を航行中・・・。
米潜水艦「シーライオンⅡ」に補足される。
魚雷は間宮を捉え、艦は凍てつく海へ深く・・・深く沈んでいった。
この時、海に投げ出された船員のほとんどが低体温症で命を落としたという。
決死の救助もむなしく、救助後の船上でも多くの船員が絶命した。
生還したのは、たった6名だった―――。
兵員の気力を「食」という方面で支え続けた間宮の損失に、戦場の多くの将兵は涙した。
大海に還った魂に敬礼―――
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