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軽巡洋艦「球磨」
「球磨」は、旧日本海軍の球磨型軽巡洋艦の1番艦。
水雷戦隊の旗艦を担う為に建造された14隻の5500トン型軽巡洋艦の最初の艦である。
その後、球磨型は5隻、長良型が6隻、川内型が3隻建造されている。
14センチ単装砲を7門装備し、両舷へ同時6門斉射可能。
建造当時としては破格の攻撃力を持つ艦だった。
また長門型戦艦の竣工時の馬力(80,000馬力)を上回る90,000馬力という大出力を活かして36ノットという高速を誇った。
太平洋戦争時には、建造からの年数がかなり経過していたこともあり、改装を経ての参加となっていた。
その最後―――
1943年6月23日、球磨の所属する第16戦隊は、マカッサルで米第5空軍所属のB-24爆撃機17機による攻撃を受ける。 この時、旗艦であった鬼怒は被害を受け、翌日には修理のために日本へ帰投することとなった。
この後、球磨は旗艦を引継ぎ、10月23日まで蘭印諸島周辺の哨戒を行っている。
11月1日、球磨はシンガポールで改修を受けはじめる。
改修内容は、以下のようなものだった。
5番砲塔(14cm砲)を撤去してカタパルトとデリックを装備。
三連装96式25mm高角機銃を2基装備。
25mm高角機銃は合計で10門装備。
11月12日、改修が完了した球磨は、1944年1月9日まで蘭印周辺の哨戒―――
そして、ポートブレア(アンダマン諸島)・ペナン・メルグイ(ビルマ)への増員の輸送を行った。
そして、運命の1月11日―――
球磨が対潜演習を行うため、浦波と共にペナンを出港した後のことだった。
英海軍のT級潜水艦、タリホーがそれを補足。
ペナン北西約16kmの地点、球磨までの距離1900ヤード。
タリホーは、球磨めがけて魚雷7本を一斉発射した。
奇しくも対潜演習中に、まさに潜水艦からの不意打ちを受ける形となった球磨は、見張りが魚雷の航跡を発見し、回避運動に入った。
しかし、ここで対空装備を強化した先日の改修が裏目に出る。
船体は装備を強化したことにより重くなっていて、それに伴い運動性も大きく落ちていたのだ。
舵を大きく切るも右舷艦尾に魚雷2本が命中。
球磨は炎上してしまう。
午後11時57分、搭載していた魚雷の誘爆により大爆発を引き起こし、艦尾から暗い海の底へと没していった。
北緯05度26分 東経99度52分―――そこが、球磨最後の到達点。
乗組員138人が戦死したという。
大海に還った魂に敬礼―――
墓標を荒らす違法サルベージ
海底に眠る球磨の船体は、2004年にダイバーたちにより発見された。 2014年のこと、マレーシアのサルベージ業者により、近海に眠る羽黒と共に艦体を部分的に無理矢理引きはがすような形で引き上げられた。 屑鉄目当ての違法サルベージで、もろくなった艦体はクレーン船でちぎって引き上げられた後、トン2万円前後で売却されたという。 戦争の墓標を荒らす行為に、心を痛める人も多く批判の対象となっている。スマホで遊べる軍艦ゲーム
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