本記事の画像は、筆者の撮影
駆逐艦「涼風」
「涼風」は、白露型駆逐艦の10番艦。
海風型では4番艦にあたる。
マル2計画「第二次軍備補充計画」では改白露型(海風型)を14隻建造する予定があった。
軍縮条約(ロンドン海軍軍縮条約)脱退から涼風までで建造は打ち切られ、計画は残りを「朝潮型」と改められて完成することとなった。
太平洋戦争へ突入する際、涼風は海風・山風・江風と第二十四駆逐隊を編成していた。
その開戦前、涼風は山風を接触して損傷してしまう。
戦争中、数多くの修理を経験するその始まりでもあった。
1942年2月、涼風は作戦中に米潜水艦「スカルピン」の雷撃で損傷、大破となったため、佐世保で修理をうけることとなる。
この影響で、他の多くの白露型が参戦していた「ミッドウェー海戦」に間に合わないという事態に。
これを皮切りに細かい修理を受け、参戦した作戦の敗北や僚艦の沈没を経験していく。
米潜水艦「アルバコア」に天龍が大破させられた際は、天龍の曳航にも失敗し、アルバコアの撃退に失敗している。
その後、アルバコアは、数々の日本艦艇を襲うこととなってしまう。
その最後―――
1944年1月18日、涼風・海風はトラック泊地へ帰投していた。
1月19日、空母「雲鷹」が米潜水艦より雷撃されたとの一報を受け、海風・涼風・浦風は特務工作艦「明石」の救難作業隊を海風に乗せてトラック泊地を出撃。
この時、命令に変更があり、海風のみが救援へ向かい、涼風は浦風とともにトラックへ引き返している。
1月20日、給糧艦「伊良湖」と皐月がトラック泊地を出港後、米潜水艦「シードラゴン」の雷撃を受ける。
沈没の危機にあった伊良湖の元へ涼風は急行、曳航を試みるもここでも失敗してしまう。
鳥海・潮など、他の艦艇も救援にかけつけたため、伊良湖は沈没を免れることとなった。
1月24日、涼風は、輸送船「夕張丸」、「日置丸」、「興津丸」を護衛してブラウン諸島へと向かいトラック泊地を出港した。
そして、運命の1月25日―――
数々の戦線に参加した第二十四駆逐隊は、涼風・海風・山風・江風の編成で太平洋戦争に突入した。
1942年6月までに、江風、そして山風を失い。
同10月には、満潮が加わり、涼風・海風・満潮という編成になっていた。
これまでも単艦での行動はあったが、この航海は第二十四駆逐隊にとっても、涼風にとっても特別なものとなる・・・。
ポナペ島付近を航行中。
1月25日の夜間、日付が変わる一時間程度前の事だった。
米潜水艦「スキップジャック」の雷撃が涼風を襲った。
23時5分、涼風は沈没。
沈没地点は所説あり、ポナペ島北東、北緯09度00分、東経157度27分地点。または北緯08度51分、東経157度10分地点―――
涼風は静かに眠っている。
231名が戦死したとされる。
こうして、第二十四駆逐隊は結成当初からのメンバーは海風ただ一隻となってしまう。
その運命もまた―――
大海に還った魂に敬礼―――
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